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第6話 帰る場所がないなら

Author: 酔夫人
last update publish date: 2026-07-02 13:48:40

小春が目を覚ましたのは、翌日の昼過ぎだった。

見慣れない天井が視界いっぱいに広がる。

(ここは……?)

体を起こそうとした瞬間、全身に重だるさが走る。

「っ……」

思わず顔をしかめる。

そのとき。

「無理をするな」

低い声が聞こえた。

小春は驚いてそちらに顔を向ける。

一人の男性が座っていた。

整った顔立ち。

感情を読み取らせない鋭い眼差し。

その人物を見た瞬間、小春の表情が凍りつく。

雑誌では黒いスーツばかりだったけれど。

「篠原……社長、ですか?」

丸首シャツに濃紺のジャケットを羽織ったラフな姿だが間違いない。

『冷酷』として知られる篠原樹が、なぜ自分の前にいるのか。

小春には理解できなかった。

「そうだ」

小春が戸惑っていることが分かったのか。

樹の答えは短かく、明確だった。

「私は……」

「雨の中で立っているところを見つけ、近づいたら倒れた」

小春はゆっくりと昨日の記憶を辿る。

家を追い出された。

豪雨の中を歩き続け、体が熱くなったことは覚えている。

でもそこまで。

窓の外は明るい。

夜ではない。

日差しもあるということは、雨も止んでいるということ。

一日近く眠っていたのだ。

迷惑をかけてしまった。

「……っ」

小春は頭を下げようと慌てて体を起こそうとしたが、起きることができない。

頭が大きく揺れて、吐き気さえする。

「何をしている!」

「あ……の……」

揺れを抑えるために頭にあてた小春の手に樹は自分の手を重ねる。

「痛むのか?」

「あ……」

「……まずは水分を摂ったほうがいいな」

そう言うと樹はストローを小春に差し出す。

そんなことをさせてしまった申し訳なさから小春は一口飲んだ。

それで体は水分不足だと気づいたらしい。

気づけば介護用カップの中の水を全て飲んでいた。

.

「ご迷惑をおかけしました」

「気にすることはない。体調は?」

悪い。

でも、それを言える状況ではない。

「大丈夫です」

「どこがだ」

小春の答えに樹の眉間にしわが寄る。

「すぐに帰りますので……」

気丈に見えるよう、笑おうとした。

しかし、浮かんだ表情は泣いているとも見える曖昧なもので。

「帰る?」

樹の声がわずかに低くなる。

「帰る場所があるのか」

小春の表情が曖昧なまま固まった。

「それは……」

言葉が続かない。

帰る家は失った。

答えが見つからない。

「帰れるか、帰りたいのか分からないが」

樹の静かな声は自然と小春の目を向けさせた。

「行き先が思いつかないなら、ここにいればいい」

あまりにも自然な口調だった。

「え……?」

小春は目を丸くする。

「そんな……なんの、ご冗談……」

「俺は冗談を言わない」

淡々と返され、小春は困惑するばかりだった。

なぜ見ず知らずの自分にここまでしてくれるのか分からない。

「この屋敷は東京ドームの約二十分の一ほどの広さだ」

「……え?」

小春の戸惑いを察して樹は頷く。

「東京ドームで例えられても理解しづらい点はよく分かる」

「いえ、そうではなく……」

東京ドームは関係ない。

なぜ突然広さの話になったのかが分からないだけだ。

「屋敷の半分以上が庭だが、この母屋だけで百坪以上ある」

「そう……なのですね」

「使用人もいる」

頭の鈍い痛みが酷くなる。

この話に混乱させられているに違いない。

「普段なら三人で使っているこれを今は俺が一人で使っている」

樹が小春を見る。

「勿体ないと思うだろう?」

「……はい?」

樹は小さく息を吐く。

「君一人が増えたところで何の問題もないということだ」

「それは……」

そういう問題ではない。

「問題です」

「なぜだ?」

「なぜって……私は悪女です」

思わず口をついて出た言葉だった。

「社交界でも有名ですから、篠原社長もご存知のはずです」

「聞いている」

認めらて小春は一瞬怯んだが先を続ける。

「私と関われば、篠原社長まで悪く言われます」

「なぜそんなことを気にする必要がある」

「……なぜって」

樹は小春を真っ直ぐ見つめる。

「俺は気にしない」

断言されて思わず納得してしまう。

目の前の男性が周りの評判を気にして行動する姿は想像できない。

(でも……)

「自分は気にするという顔だな」

小春の呼吸が止まる。

思い出すのは自分に向けられる視線。

呆れ。

嘲り。

失望。

「それならなおさら、ここにいればいい」

「……え?」

かすれた声が漏れる。

「この家にいる限り、お前を傷つける者は誰一人として近づけさせない」

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Comments (1)
goodnovel comment avatar
kozakura hime
樹は言葉はぶっきらぼう、たけど優しい 何か過去に恩があるみたい!? このまま幸せになって欲しい
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